Takushin Budo Method

残心について

残心の定義

 拓心武道における「残心」とは、基本的には古典武道と同義だと考えているが、その概念が古典武道と異なるとみる向きがあれば、ここでいう「残心」とは、拓心武道独自の概念だと思われて構わない。  

 さて、拓心武道における「残心」とは、攻撃の後、ニュートラル状態(臨戦態勢、かつ中立状態)に戻ることとする。  ニュートラル状態の理解は、車のギアでいえば、バックギアにもドライブギアにも瞬時に切り替えられる状態のこととイメージすれば良い。  

 補足を加えれば、戦いにおいては、攻撃(ドライブギア)のみではいけない。防御(バックギア)も必要である。そして、攻撃と防御を瞬時にして切り替えられる技術と技能が必要だ。さらに攻撃と防御を一体化できる技術と技能が必要なのである。

 拓心武道では、エンジンを切ることなく、ドライブにもバックにも瞬時にして切り替えられる状態をニュートラル状態と考え、その状態を基本(臨戦態勢)とする。そして、車においてドライブ(攻撃)のギアを入れ、アクセルを最高レベルに踏み込むような攻撃を「極めの攻撃」とする。そのような「極めの攻撃」の後、さらに攻撃も防御もできるような状態を保つこと。それを拓心武道では「残心」と呼ぶ。

 心を放ち、力を一気に出し切ることは重要である。しかしながら、力が完全になくなってはいけないのだ。力を一気に出し切ることと力が無くなるまで力を出すことと同じに考えてはいけない。なぜなら、心を放ち、力を一気に出し切るような攻撃と力が無くなるような攻撃とは別物である。

 例えば、一気にアクセルを踏み、最高レベルまでエンジンが回転するような性能がスポーツ車に必要なように、武道においては、力を一気に出せるような技術と技能が必要なのだ。

 拓心武道においては、心を放ち、力を一気に出し切るような攻撃を「極めの攻撃」という。すなわち、先述したように、一気に回転数が上がらないような攻撃は「極めの攻撃」とは言わない。それは技術と技能のレベルが低いのである。 また、攻撃を行ったあと、勢い余るのは、古典武道で「居着き」と言われる状態である。

 さらに言えば、大げさな身体表現を行うものは、「残心」とは異なる行為である。それらの身体表現、行為とは、本質的にアピールであり、スポーツ競技においては肯定されるが、武道の試合においては、最も戒めなければならない行為の一つである。

 最後に、人体と車は構造的にも異なる。ゆえに車の例えは方便として使った。あくまで、人体を最高レベルに活用し、敗けを回避し、勝を制することがが武道の本義である。

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