応じ技の原則

 

 IBMA極真会館空手道では、相手を突きや蹴りで攻撃するのみならず、相手の攻撃を武の技術によって弱体化、無力化して反撃を行う技術の体得を目指します。その意義は、武道理論の体得のみならず、武道哲学の体得、そしてIBMA極真会館の理念を体得することです。詳細は、武道理論、哲学のページを参照してください。

 今回のワンポイントレッスンでは、組手型と組手型で学ぶ応じ技について解説します。まずは以下の解説を読んでください。

 

「組手型」と「応じ技」

 組手型では、「仕掛手」と「応じ手」に分かれ、それぞれが2つの組手技を修練します。つまり、仕掛け手は「攻撃技(仕掛け技)」を、応じ手は攻撃技に対する「応じ技」の使い方を学びます。なお、仕掛手は、攻撃技を用いる際、間合いの操作、正確性、重心移動などの調整の精度を高める意識で行います。

 一方の応じ手は、相手攻撃に対する「防御」「崩し」「反撃」の3つを連携させ、相手の状態を自己に優位な状態に転じる技術の体得を目指します。その技術の核になるものが、「応じ技の原理原則」です。

 応じ技の原則とは、「防御」「崩し」「反撃」の3つの原則を兼ね備えた、三位一体の術の意識です。「崩し」には、「間合いの操作」「重心の操作」「位置取り」の原理が含まれます。また、応じ技の3つの原理原則を踏まえ、応じ技をより良く用いるには、「機会」「呼吸」「重心操作」が重要です。

それとともに、まずは組手型の構成要素でもある「防御技」「攻撃技」「運足」など、組手技の基本をより正確に学ぶことが肝要です。

 

応じ技の原理原則

 

1)応じ(技)=「防御」+「崩し」+「反撃」
2)崩し=相手攻撃の弱体化+間合いの調整+位置取り
3)作り(反撃の準備)=防御+崩し
4)防御=攻撃

実際の組手型を見てみる

 それでは、実際の組手型の映像を見て、どの部分が防御、崩し、反撃なのかを理解できるか独習してください。それでは、上段追い突きに対する「上段挙げ受け上段逆突き」の組手型を見てましょう。この組手型は「伝統技」の応用を稽古する組手型です。この組手型の内容は、古典的な稽古法でいう「一本組手」と同じです。ただし、IBMA極真会館の組手型は数種類の一本組手のみならず、数十倍もの種類の伝統技の応用や組手技の応用が含まれています。

 本ページに掲載した組手型の原理原則と組手型の映像をみて、原理原則を把握できるか独習して見てください。今回のレッスンでは、最も基本的な伝統技を用いた応じ技を数種だけ、掲載します。

 2019年1月14日に開催された上級者、有段者稽古において稽古した、2種の伝統技の応用を学ぶ組手型の映像をアップしてきます。映像を見て、組手型の原理原則を復習してください。2019年度からは、昇級試験や昇段試験に組手型の審査があります。

  1. 「上段挙げ受け上段逆突き」
  2. 「中段内受け上段逆突き」)。

 

 

 

 

 なぜ組手型か? 〜増田武道哲学

 ここで、「なぜ、古典的な一本組手の数十倍もの数多く多様な組手型を稽古するのか」について大まかに述べたいと思います。

 その理由を大まかに述べれば、これまでの古典的な一本組手の稽古を誰も稽古しなくなったということ。また、ほとんど空手家が伝統的技術を顧みなくなっていること。さらに、多くの人が伝統技が実際に格闘に使えないと考えているということ。また、組手技はルールの枠内でしか応用できない技だということを自覚していないこと。などなど、私はその全てにダメ出しをしたいからです。それも空手の一つのあり方かもしれませんが、日本の思想を内包した柔道という武道を創出し、さらには西洋のスポーツと武道を融合を試みた、嘉納治五郎先生の考えからすれば、武道ではありません。また、極真空手の創始者、大山倍達先生の武道空手構想を考えて見ても武道とは言えないと、私は思っています。もちろん、大山先生の武道空手構想には、未完の部分、不十分な点が多々見受けられることは、弟子の分際で、傲岸不遜だとの誹りを覚悟の上で述べておきます。

 その上で、何を言っているかわからない人にもう一つだけ述べておきます。嘉納治五郎先生の考えた「形」も私の考える「組手型」にも、日本独自の思想や価値観を内包しています。しかも、日本的な思想、価値観に止まらず、西洋的、東洋的をも包括できうる、思想や価値観を内在しているということです。

 私の研究テーマとして、その部分こそが、武道を真に世界的、人類的なものとし、また、スポーツと武道を分けるのではなく、スポーツと武道、東洋的なものと西洋的なものとを架橋する、普遍性だと考えています。少々、話が誇大妄想的になりましたが、一つ言えることは、我々弟子は、師が到達できなかったゴールの実現を目指さなければならないと思うのです。現時点では、言葉足らずの面を申し訳なく思います。しかしながら、これ以上述べることは、機会を待ちたいと思います。

 今回、述べておきたいことは、私はこれまで空手道の探求を行う中、基本稽古と一本組手の稽古(増田のいう組手型)が最も重要だと考えてきたということです。ただし、ここでいう一本組手は、型の種類に含まれます。また、従来の基本稽古は不十分です。特に「運足法」と「位置取り」の面で。断っておきますが、以上は、私の武道理論における定義を前提としています。その前提でもう少し話を続けたいと思います。

 まず、伝統技術(伝統技)には組手にもいかせる原理が隠されていることを述べたいと思います。組手技は実用的な格闘を考えれば、有効であるとは思います。ですが、その技術は、競技の勝利という欠点の多い価値観に目を奪われてしまい、原理を探求するという視点を喪失していると、私は考えています。

 私は、打撃技、倒し技、投げ技、逆技など、多様な技術が、組手型による原理原則の探求によって繋ぎ合わせられ、体系的となるのです。また、個々の技、個々人の技量が組手型というものさしで比較され、磨かれます。

 換言すれば、組手型はコンパスであり物差しです。そのコンパス、物差しの役割は、そこに内在する格闘技の原理原則(普遍性)の体認、自己の心身の高次化を目指すということです。その意義は、これまで、能力的かつ感覚的な天才しか垣間見ることのできなかった原理的な技術が、反復練習、稽古を通じ、露わになり、見えるようになることです。また、その原理的な技術がみんなのために役立つようになるということです。

 もし、その仮説が正しければ、個々人の能力や感覚が乏しくても、努力次第では、能力や感覚を開拓向上させ、やがて理解、体得できる可能性が出てくると考えているからです。また、組手型と並行した組手稽古により、組手技術のみならず、伝統技、組手技の応用力が、個々の心身レベルにおいて高まると考えるからです。さらに言えば、個々の心身レベルが高まるということは、空手界全体の心身レベルが高まるということになると考えています。換言すれば、それこそが、斯界(空手界)の発展だと思うのです。

 

補足〜着眼点

 補足として、組手型の稽古をする際の着眼点を述べておきます。応じ技の原理原則とは、「応じ」全体の原理原則であると同時に応じ技の構成要素である「反撃技」が実効性、効率性の高いものとして成立しているかどうかを観るようにしてください。ですが、組手型、特に倒し技の反撃を稽古している様子を伺うと、相手がなぜ倒れるかを理解してないように見受けられます。倒れるには倒れるための要因があるのです。「作り」とはその要因を我が物とし、かつ、それを自律的に創りだすことなのです。組手型を指導する際には、この着眼点を意識できなければ、皮相的な形だけを真似る稽古となってしまいます。私が目指す究極の「形」、そして形稽古とは、そのような稽古ではありません。より重要なことは、その形が生み出される中心に真に合理的な理合(型)が内在していると仮説をもち、その理合を追及することなのです。私の考える理合とは、天地自然の理法と一体、かつ、自他が活かしあっている姿であり、目指す究極の形とは、「機能美」とも言い換えられる美しさを有し、かつ、理法そのものなのです。